認知症の方がいらっしゃる場合の遺産分割協議

「先日、父が亡くなりました。相続人は母と娘3人ですが、母は認知症を患い施設に入所中です。父の遺言がないので相続手続きを進めるのに遺産分割協議をしたいのですが、母のことはどうすればいいのでしょう?」

高齢化社会に伴い、相続人の中に認知症を患っている方もいる、というケースも増えており、上記は典型的な例として挙げられます。

2015年1月に、厚生労働省から出された資料によりますと、10年後の2025年には、認知症の方は約700万人前後となり、65歳以上高齢者に対する割合は、現状の約7人に1人から、約5人に1人に上昇する見込みとのことです。上記のような問題は、今後私たちの身近にも見られ、決して他人事ではありません。

遺産分割協議は、相続人全員の合意によって成立します。

認知症の相続人を除外して、その他の相続人だけで遺産分割協議をしても、それは当然に無効となります。

また、意思能力の無い人の法律行為は無効とされており、認知症の症状が重く、意思能力のない状態(物事の判断がほとんどできない状態)で遺産分割を進め、形式的に遺産分割協議書に署名押印がなされていても、そのような遺産分割協議も当然に無効となります。

もちろん、遺産分割協議書に認知症の相続人の署名押印を勝手にするような行為は犯罪行為となりますので、絶対にしないでください。

認知症の方であっても、軽度で意思能力を失っていない場合には、ご本人が遺産分割協議に参加すればよいのですが、既に意思能力を失っている場合は、成年後見制度を利用して、後見人がご本人に代わり遺産分割協議に参加することになります。

認知症の相続人がいて、遺産分割を行えるだけの意思能力があるか疑わしい場合は、医師の診断書を取り寄せ、その能力の存否により、家庭裁判所へ後見人・保佐人等の選任申立をする必要があります。

ここで、“誰が後見人になるか”も問題になります。

後見人には、通常、ご家族、または司法書士・弁護士などの専門家が選任されます。

上記の例で、認知症の母親の後見人として娘のうち1人が後見人に選任されたとします。

すると、この場合、後見人となった娘は、母の代理人として遺産分割協議には参加できません。

後見となった娘と母との関係は、母の相続分を少なくすれば娘の相続分が多くなるという関係にあり、外形的に見て、後見人と被後見人(本人)の利益とが相反するような法律行為(利益相反行為)について、後見人はすることができないからです。

このような場合は、遺産分割協議をするためだけのピンチヒッターとして、別途、特別代理人の選任を家庭裁判所に申立てなければなりません。そして、選任された特別代理人が母を代理して、それ以外の相続人との間で遺産分割協議を行うことになります。

現在、後見人候補の親族と被後見人との間で、遺産分割協議が控えているような場合、第三者専門職が後見人に選任される傾向があるようです。

後見人は、被後見人(認知症の相続人)の財産を守るために選ばれます。

そのため、遺産分割協議においては、後見人は被後見人の相続分として法廷相続分を確保する必要があります。

したがって、被後見人の相続分を法定相続分以下とするような内容の遺産分割協議はできない可能性があります。

時間も費用も掛かる手続きとなりますので、相続人の中に認知症の人が含まれているような場合には、あらかじめ遺言書を作成するなどの対策をお勧めいたします。

相続は誰にでもいつかは必ず訪れるものです。相続人の方が相続手続きを円満に進められるよう、お元気なうちに早めにご検討ください。